皆様から頂戴した特別な夏休み。
今回は、約1000kmに及ぶ道程で、山に、歴史に、そして青春の思い出探しに行ってきました。


15日、夕方出発し、松本泊。
朝出発して、沢渡の駐車場を目指します。
途中、新島々の駅前で旧駅舎を発見。
写真に収めます。
沢渡で、タクシーに乗り換え。
上高地の帝国ホテルを目指します。

帝国ホテルでは、珈琲とケーキをいただきました。
特にカマンベールチーズのケーキは、美味しいです。
豪壮な作りの赤い屋根。上質なサービス。
帝国ホテルは、いつか泊まってみたいと常々思っているホテルです。

トレッキング開始です。
田代橋で対岸に渡り、ウェストン碑を通り、河童橋までの僅かなトレッキングですが、それでも、多くの花や蝶に巡り会えました。

僅かに雲の切れ目から前穂への尾根が見えました。

原宿の様だと揶揄された河童橋も健在。
以前はほとんど見られなかった外国人が、非常に多くなりました。
5月連休前、それは30年も前の事。
私は、松本駅からランドナーで上高地を目指しました。
細いトンネル、急勾配に苦しみながらも、清流と曲がりくねった道は楽しいコースです。硫黄のにおいがしてくると中の湯温泉。
河畔にある露天風呂では、裸の人が丸見えでした。
車止めのある釜トンネルで、車止めを自転車担いで超えて、所々凍った真っ暗な急勾配を後輪を滑らせながら登った思い出が蘇ります。
釜トンネルは新しくなりましたが、旧トンネルは急勾配の上に路面が悪く、途中で曲がっているために、ヨロヨロ走るダイナモの明かりでは下が見えず怖い思いをしました。
河童橋までの道も、雪と氷。
でも、快適に走った記憶があります。
河童橋について、人っ子一人いない橋の下で、川の水をシェラカップに汲み、そのままオプティマス8Rでお湯を沸かして、持ってきたティーバックを入れて紅茶を飲んだのは、良い思い出です。
雪深い岳沢から仰ぎ見る前穂高岳の見事な美しさ。
写真を撮ったのを覚えています。
今回は、そこまでお天気に恵まれませんでしたが、それでも雲の切れ間から尾根は見る事が出来ました。
タクシーで、沢渡に戻り、タクシーの運転手さんに教わった平湯温泉へ。
日帰りで入浴できる「ひらゆの森」で、湯の花が沢山浮いている上質な温泉へ。
これは、はやぶさ温泉とは逆方向の泉質。久々に良いお湯でした。
あまりのんびりしていると、先が長いので宿の夕食に間に合わなくなります。
先を急いでいると、なんと平湯、安房峠への急坂をパニアバックを付けたランドナーが何台も登っていくではありませんか。
大学のサークルでしょうか。
あの荷物で、、
きっと良い思い出になる事でしょう。
私もそうでしたから。

夕方5時ごろ、合掌集落の村へ到着です。
ここは世界遺産。
昔から、山深いこの地へいつかは行きたいと思っていましたが、何しろ遠くて。
ところが今回は東海北陸道、中部縦貫道が開通して、車でのアクセスが非常によくなっていました。

白川郷の合掌造り民宿 「ふるさと」に2泊。
それは、ゆったりした時間でした。
突然ですが、翌17日、朝から立山へ行く事に。
地図では近そうですが、案外遠いです。
それでも、室堂まで行って、みくりが池温泉に入浴してきました。




立山は、御天気が今ひとつで、トレッキングを楽しむには、充分ではありませんでしたが、それでも、みくりが池、地獄谷まで歩きました。
この立山にも思い出があります。
信濃大町まで、夜行列車で輪行。
その後、トロリーバスとケーブルカー、ロープウェー等を乗り継ぎ、この室堂まで輪行しました。
そしてこの室堂で自転車を組み立て、2400mの高所から一気に下り始めました。
その当時のランドナーのブレーキと言えば、MAFACのクリテリューム。
それはカンチレバーのブレーキで、今に思えば効きが悪く、手が痛くなりながらのダウンヒルでした。
立山駅まで2000mの高低差。
後で気が付いたのですが、ここを自転車で走って良かったのか。
何にも知らない頃のことだったので、ごめんなさいです。
立山駅前のYHにその時は宿泊したのです。
ここで、忘れる事が出来ない事が起きました。
YHで知り合った大阪からの女性と、なぜか仲良くなったのです。
信じられないでしょう。
そして、宿の女将さんが砂防軌道の事を教えてくれました。
当時から私は鉄道好きでしたから、翌朝、駅へ行ってみました。
駅と言っても留置線だけです。
そしたら、ちょうど出発する列車の機関士さんが、乗って行かないかと私たちを誘ってくれたのです。
渡りに船。
僕たちは、運材台車の上の鉄骨にまたがりそのまま発車。
途中、高さのないトンネルでは頭を低くしないとぶつかります。
借りたヘルメットなんて、役に立たないでしょう。
それでも、常願寺川の上流に向かって小さなディーゼル機関車は、唸りを上げます。
急カーブではレールが軋み脱線しそう。
途中18段の連続スイッチバックがあり、一気に200m登ります。
脱線せずに無事終点に到着。
何もないところですが巨大な砂防ダムがあるだけ。
暫し休憩して、台車を切り離し。空の車両を連結して下ります。
彼女は、それなりに楽しんでくれていました。
立山まで無事に降りてきて、ここでお別れです。
住所を交換して、私は氷見のYHを目指します。
彼女は立山へ登って行きました。
このときは、氷見から左回りに金沢まで能登半島を一周しました。
輪島の朝市、古い灯台、御陣乗太鼓、甘エビ、渚ハイウェー。
どれも素敵な思い出です。
その砂防軌道に再び会えました。
30年以上経ていますが、今も変わらずに砂防工事を続けていたのです。



砂防工事を記録する施設が出来ていて、実際に機関車も展示されています。
白川郷に戻り、飛騨高山で朝市を散策。
またまた平湯で温泉に入って下ってきた新島々で、以前バスの運転手さんに教えてもらった美味しい蕎麦屋さんをご紹介いたします。
駅の少し上流。
赤松ドライブインです。
普通の料金で、極上の手打ちそばをいただけるのが、嬉しい飾り気のない蕎麦屋さんです。



帰りの高速は、渋滞していましたが、それでも予想よりは早く帰宅できました。
中央高速も、以前よりは格段に流れるようになっています。
20kmの渋滞も、それほど時間はかからないでしょう。
ちょっと長い夏休みをいただき、おかげ様で家族3人楽しませていただきました。
長年訪れることを夢見ていたいくつかの場所を訪ねる事が出来て、あの頃の想いを新たにしました。
宿の食事も、素朴で味わいのあるものでした。
ところで、今回あちらこちらでロードバイクを見ました。
上高地でも、クリートを気にしながら歩いている団体もいました。
皆様の夏休みはいかがでしたでしょうか。
これから、一機に涼しくなってきて、良い季節になります。
旅の計画。
何かありましたら、どうぞご相談ください。
装備の事、機材の事、ルートの事等、大体のコースは知っているつもりです。
ありがとうございました。
今回は、約1000kmに及ぶ道程で、山に、歴史に、そして青春の思い出探しに行ってきました。
15日、夕方出発し、松本泊。
朝出発して、沢渡の駐車場を目指します。
途中、新島々の駅前で旧駅舎を発見。
写真に収めます。
沢渡で、タクシーに乗り換え。
上高地の帝国ホテルを目指します。
帝国ホテルでは、珈琲とケーキをいただきました。
特にカマンベールチーズのケーキは、美味しいです。
豪壮な作りの赤い屋根。上質なサービス。
帝国ホテルは、いつか泊まってみたいと常々思っているホテルです。
トレッキング開始です。
田代橋で対岸に渡り、ウェストン碑を通り、河童橋までの僅かなトレッキングですが、それでも、多くの花や蝶に巡り会えました。
僅かに雲の切れ目から前穂への尾根が見えました。
原宿の様だと揶揄された河童橋も健在。
以前はほとんど見られなかった外国人が、非常に多くなりました。
5月連休前、それは30年も前の事。
私は、松本駅からランドナーで上高地を目指しました。
細いトンネル、急勾配に苦しみながらも、清流と曲がりくねった道は楽しいコースです。硫黄のにおいがしてくると中の湯温泉。
河畔にある露天風呂では、裸の人が丸見えでした。
車止めのある釜トンネルで、車止めを自転車担いで超えて、所々凍った真っ暗な急勾配を後輪を滑らせながら登った思い出が蘇ります。
釜トンネルは新しくなりましたが、旧トンネルは急勾配の上に路面が悪く、途中で曲がっているために、ヨロヨロ走るダイナモの明かりでは下が見えず怖い思いをしました。
河童橋までの道も、雪と氷。
でも、快適に走った記憶があります。
河童橋について、人っ子一人いない橋の下で、川の水をシェラカップに汲み、そのままオプティマス8Rでお湯を沸かして、持ってきたティーバックを入れて紅茶を飲んだのは、良い思い出です。
雪深い岳沢から仰ぎ見る前穂高岳の見事な美しさ。
写真を撮ったのを覚えています。
今回は、そこまでお天気に恵まれませんでしたが、それでも雲の切れ間から尾根は見る事が出来ました。
タクシーで、沢渡に戻り、タクシーの運転手さんに教わった平湯温泉へ。
日帰りで入浴できる「ひらゆの森」で、湯の花が沢山浮いている上質な温泉へ。
これは、はやぶさ温泉とは逆方向の泉質。久々に良いお湯でした。
あまりのんびりしていると、先が長いので宿の夕食に間に合わなくなります。
先を急いでいると、なんと平湯、安房峠への急坂をパニアバックを付けたランドナーが何台も登っていくではありませんか。
大学のサークルでしょうか。
あの荷物で、、
きっと良い思い出になる事でしょう。
私もそうでしたから。
夕方5時ごろ、合掌集落の村へ到着です。
ここは世界遺産。
昔から、山深いこの地へいつかは行きたいと思っていましたが、何しろ遠くて。
ところが今回は東海北陸道、中部縦貫道が開通して、車でのアクセスが非常によくなっていました。
白川郷の合掌造り民宿 「ふるさと」に2泊。
それは、ゆったりした時間でした。
突然ですが、翌17日、朝から立山へ行く事に。
地図では近そうですが、案外遠いです。
それでも、室堂まで行って、みくりが池温泉に入浴してきました。
立山は、御天気が今ひとつで、トレッキングを楽しむには、充分ではありませんでしたが、それでも、みくりが池、地獄谷まで歩きました。
この立山にも思い出があります。
信濃大町まで、夜行列車で輪行。
その後、トロリーバスとケーブルカー、ロープウェー等を乗り継ぎ、この室堂まで輪行しました。
そしてこの室堂で自転車を組み立て、2400mの高所から一気に下り始めました。
その当時のランドナーのブレーキと言えば、MAFACのクリテリューム。
それはカンチレバーのブレーキで、今に思えば効きが悪く、手が痛くなりながらのダウンヒルでした。
立山駅まで2000mの高低差。
後で気が付いたのですが、ここを自転車で走って良かったのか。
何にも知らない頃のことだったので、ごめんなさいです。
立山駅前のYHにその時は宿泊したのです。
ここで、忘れる事が出来ない事が起きました。
YHで知り合った大阪からの女性と、なぜか仲良くなったのです。
信じられないでしょう。
そして、宿の女将さんが砂防軌道の事を教えてくれました。
当時から私は鉄道好きでしたから、翌朝、駅へ行ってみました。
駅と言っても留置線だけです。
そしたら、ちょうど出発する列車の機関士さんが、乗って行かないかと私たちを誘ってくれたのです。
渡りに船。
僕たちは、運材台車の上の鉄骨にまたがりそのまま発車。
途中、高さのないトンネルでは頭を低くしないとぶつかります。
借りたヘルメットなんて、役に立たないでしょう。
それでも、常願寺川の上流に向かって小さなディーゼル機関車は、唸りを上げます。
急カーブではレールが軋み脱線しそう。
途中18段の連続スイッチバックがあり、一気に200m登ります。
脱線せずに無事終点に到着。
何もないところですが巨大な砂防ダムがあるだけ。
暫し休憩して、台車を切り離し。空の車両を連結して下ります。
彼女は、それなりに楽しんでくれていました。
立山まで無事に降りてきて、ここでお別れです。
住所を交換して、私は氷見のYHを目指します。
彼女は立山へ登って行きました。
このときは、氷見から左回りに金沢まで能登半島を一周しました。
輪島の朝市、古い灯台、御陣乗太鼓、甘エビ、渚ハイウェー。
どれも素敵な思い出です。
その砂防軌道に再び会えました。
30年以上経ていますが、今も変わらずに砂防工事を続けていたのです。
砂防工事を記録する施設が出来ていて、実際に機関車も展示されています。
白川郷に戻り、飛騨高山で朝市を散策。
またまた平湯で温泉に入って下ってきた新島々で、以前バスの運転手さんに教えてもらった美味しい蕎麦屋さんをご紹介いたします。
駅の少し上流。
赤松ドライブインです。
普通の料金で、極上の手打ちそばをいただけるのが、嬉しい飾り気のない蕎麦屋さんです。
帰りの高速は、渋滞していましたが、それでも予想よりは早く帰宅できました。
中央高速も、以前よりは格段に流れるようになっています。
20kmの渋滞も、それほど時間はかからないでしょう。
ちょっと長い夏休みをいただき、おかげ様で家族3人楽しませていただきました。
長年訪れることを夢見ていたいくつかの場所を訪ねる事が出来て、あの頃の想いを新たにしました。
宿の食事も、素朴で味わいのあるものでした。
ところで、今回あちらこちらでロードバイクを見ました。
上高地でも、クリートを気にしながら歩いている団体もいました。
皆様の夏休みはいかがでしたでしょうか。
これから、一機に涼しくなってきて、良い季節になります。
旅の計画。
何かありましたら、どうぞご相談ください。
装備の事、機材の事、ルートの事等、大体のコースは知っているつもりです。
ありがとうございました。
