
ドリアーノ・デローザ。
Ugoの2番目の息子である彼は、控え目ながら実に実直なフレーム職人です。
私は昨年6月、工房を訪問した時、彼の作業中、そしてその後の昼食、夜のディナーパーティと、数回にわたりお話しさせていただく機会に恵まれました。
その時の話を、お客様がご希望されましたので、写真とともに少しお話しさせていただきます。

1994年。DeRosaには、それまでとは違う、最もエポックメーキングな年と、この大きな写真のかかるオフィースで、3男のクリスティアーノが説明してくれた事を思い出します。
この写真は、1994にドリアーノの手により完成したTitanioと、まったく新しいCampagnoloのコンポーネント、初代シャマルの組み合わせで、1−3位のボディウムを独占したGewiss-Ballan team の3選手で、先頭はロシア人初のマリアローザを着たEugeni Berzin選手です。
2番目はイタリア人のGiorgio Furlan で、この年のミラノ-サンレモも制しています。3番目を走るのはMoreno Argentinで、彼もこの年のジロで2勝を挙げています。
いかにこのチタニューム合金を素材としたフレームと、この年のCampagnoloが凄かったかを如実に語り継ぐ写真として、この写真がDeRosaの工場の2階にあるオフィースに、大きく飾られているのです。
もちろんUGO時代のメルクスの写真とか、たくさんの栄光を物語る資料は、あちらこちらにディスプレーされていますが、レースに開発の場を置いてきたDeRosaの歴史を深く感じます。



彼の仕事場は、工房の一角。ショールームから入ってすぐの左側にあります。
アルミとガラスで仕切られた小部屋に、イタリア式ともいうべきバーチカル式のフレーム治具があり、この治具で彼は溶接しますが、チタニオの溶接の際には、チューブのなかにブルーの細いホースから吹き出すアルゴンガスで、フレームの内部を完全に満たします。
こうすることで、チタンの溶接部分だけではなく、裏側からも水素や酸素を完全に遮断して溶接することができます。

フレームチューブ以外のワイヤーリードなどの小物です。
正確に切削されたオリジナルの小物部品です。

彼の工作室にある各注意書きです。
イタリア語なので、よくわかりませんが、イラストを見ると溶接従事者心得のようです。

図面です。
公開されているカタログにある寸法だけではなく、各部の寸法が記してあります。
これは、彼の娘さんが、工作室の外で、PCを使いCADで製図しているものです。
フレーム作りに正確な寸法は、とても重要です。
そのために、細部の寸法、角度を表して、治具で固定し溶接を進めていきます。

彼の自信作のチタニオです。
彼は、たとえばISPは? 電動のハーネスを内蔵したりしないの?とか、今流の質問をしても、彼は動じずに、今まで培ってきたデザインはもちろん、素材、工法を変える気は全くないそうです。
BB30も、ヘッドベアリングのサイズも変える気もなく、ただドリアーノの描くこのフレームのような美しさを求めて、溶接し続けています。



もう一つの彼の仕事がコルムです。
コルムは、溶接方法をチタニオと同じにして、素材をスチールに置き換えたモデルです。
アルゴンガスの裏はおそらく必要なくなるので、作業性は良いかと思いますが、大した時間差は生まれないと思います。


ヘッドチューブ下のDeRosa文字の掘り込みなど、徐々になくなっていくディテールもありますが、この時の2013モデルは、こんな感じでした。
旋盤で丁寧に挽かれたヘッドチューブは、チタンと同様の美しさです。

日本に来てくださいと、日本にはたくさんのあなたのファンがいますからと。
この時もお誘いはいたしました。
長男のダニーロにも同じようにお話ししたら、腰が悪いので長く座れないんだと、この時の食事中も、途中で立ち上がって、うろうろ。
ダニーロさんは、またご紹介いたしますが、彼は見た目とても寡黙な人ですけど、話すと良い人です。
寝て来ることができる飛行機もありますから、いつか12時間の飛行機の旅を克服してくれることと思います。
ものつくりの現場があるDeRosa。
大量生産、大量販売の他メーカーが大頭している中、ある意味ミラノのはずれのこの工場でやっていることは、時代から遅れているようにも見えます。
しかし、ファンが求めるものは何か。
作り手が意外に知らない、自転車愛好家の心理を聞けば、時間をかけて手作りしていくこの現場こそ、最も求められているもののような気がします。
幸いにライトサイクルでは、DeRosaの注文はとても多く、2014モデルでもそれは変わりません。
その中でも、ちょっと上の手作りで作る各モデル。納期も遅いし忘れたころに届くとまで言われているドリアーノ、ダニーロが作るコルム、チタニオ、そしてTeam。
父親譲りの融通の利かない頑固なまでの作り方に価値を見出していただけるなら、作り手は本当に幸せでしょう。

お父さんのUgoです。
今でも、現場を欠かさない生涯職人の人です。

彼がジロの現場で活躍していたころの、IDパスですね。

Ugoの自宅の半地下の工場から、DeRosaは始まりました。
この工場に、長澤氏も仕事をしていたんですよ。

ゴミ箱も、ハートマークですね。
私が子供のころから夢に見たDeRosa。
自転車店でも、扱うお店は非常に少なく超高級車のブランドでした。
高いところに置いてあって、遠目に見るだけの自転車。
その見事なまでのラグワークは、マニア垂涎のものでした。
今でも、ネオプリマートのショートポイントのラグは、チューブが若干太くなっていても変わりません。
フォークの曲げ、笹(シートステー上端)などにフレームビルダーは腕を競いますが、DeRosaはいたってシンプル。そのシンプルさの中に乗りやすいしなやかさと、寸法、バランスの妙が隠れているのです。
実はチタニオ、この訪問の時にオーダーしてきたフレームは、1年半を経た今も届きません。
風の噂で、ドリアーノが、なんでも離婚してしょげているという話を聞きました。
そんな彼を元気付けに行きたいと思う、今日この頃です。
本日もライトサイクルブログをご覧いただきまして、誠にありがとうございました。